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修学旅行までの道のり No.12 行き先は日光で決定、従って手紙全文載せます

子の通う小学校の通学地区にて、痛ましい事件が発生した混乱に紛れて、この手紙を学校側が配布して来るだろうと思ったら、やはり今日、持って帰ってきました。

行き先についての部分をスキャンしましたので、ご覧ください。

CCF20140609_00000.jpg

クリックすれば拡大します。

残念ながら、私の手紙は、教職員の誰の心にも届かなかったようです。あまり良くない頭で一生懸命考えたのですが、全否定でした、真に残念です。

なお、10月に保護者への説明会があるようですから、またそれに参加したときには詳しく書きたいと思いますが、寸前に開催されたところで反論もできません。あとは、私は学校から配られた手紙だけで「日光に行く根拠に納得ができた」とは到底思えませんので、質問はしてきます。私の納得がいくように、居残ってでも説明をしていただけるよう求めます。そして、修学旅行時には積算線量計を持たせようと思っています。

修学旅行行き先変更を願う方々の希望になれずに、本当に申し訳ありません。また、子どもたちも、本当の意味で守って差し上げられなくて、本当に申し訳ありません。

以下、お手紙の内容です。ご笑納ください。

**********************

先日の懇談会でお話させていただいた修学旅行の事前アンケートを早速とってくださりありがとうございます。懇談会でも述べましたように、事前のアンケートをとる学校は少なく、このたびアンケートを準備してくださったことを感謝いたします。しかしながら、私は教育委員会及び市議会を傍聴してきた者として、残念に思っています。2012年8月の教育委員会定例会の中で、平井教育長はこのように述べています。

「今、これだけ放射能が問題になっている。旅行的行事として日光はどうなのか、と言う意見があるのは事実。プロセスを市民に広く周知して欲しい。密室で決められているのではないかと疑念を持たれてしまう。改善を図って行きたい。「日光ありきではない」、その上で行き先を決定するように学校に言わなくてはならない。これだけ修学旅行の関心が高いなら、事前アンケートをPTA本部・役員にまとめてもらう。直接学校にすると疑念をもたれてしまう。地域の人や学校評議員の意見を聴き、校長の責任の下で決定する、そのようにやって行きたい。」

また、2012年9月の環境教育常任委員会にて、「修学旅行先の変更を求める陳情」が話し合われた際、学校教育課長はこのように述べています。

「今までも様々な形で保護者からの意見は吸い上げているところでございますけれど、さらに丁寧に細かく吸い上げることは、例えばアンケートを事前実施する形で各学校がやっていくように指導することはお約束いたします。」

これらの言葉から、私は「行き先を含め、アンケートをとる」と理解しておりましたので、今回の「日光ですが、何かありますか?」と言うアンケートであることには、大変残念に思います。

2012年2月、前任の校長先生に、私は手紙を書きました。修学旅行先を変更して欲しいと書きました。その根拠も述べ、話し合いの時間を作っていただきました。その時、最初に言われた言葉は「お気持ちは理解します。しかし行き先は変更しません。」でした。最初から聴く耳は持っていただけませんでした。修学旅行の該当学年ではありませんでしたので、それ以上、申し上げることはできませんでした。

また、去年の秋、我が子は校長先生へ「修学旅行の行き先を変えてください」と言う内容の手紙をお渡ししました。私が書かせたのではなく、子が自らの意志で書いたものであり、私は内容を確認していません。それに対するお返事は「これから話し合って決めます」とだけ書かれていたようで、6年生になった途端に「日光です」と言われたことについては、自分の気持ちを、何の説明もなく否定されてしまったことに悲しんでいるようです。

私が日光へ行くことに反対しているのは、とても簡単な理由です。日光市は国が定めた汚染重点調査地域です。国が「ここは除染が必要です」と指定した場所だと言うことです。そこへわざわざ子どもたちを連れて行こうと思う大人のモラルを疑問に思っています。本当に正しいことでしょうか? 子どもたちはいつまでも子どもではありません。すぐに大人になり、すぐに過去を振り返り、汚染重点調査地域へ連れて行かれたことに気づきます。そのときに「なぜ?」と思われて当然です。

自分が小学生のころを思えば、修学旅行の目的は、「友達と寝泊りして恋の話をすること、枕投げをすること」です。つまり、それらができるのなら、どこでも良いのです。しかし、修学旅行が教育課程の一環であることは真に正しく、学習が目的でなければなりません。

その「学習」は日光でなければ果たされないでしょうか?

では、日光以外を選択している学校については、学習の目的として正しくないと思われるでしょうか?

2013年7月、京都大学の小出先生が、座間市の麦っ子畑保育園で講演を行い、その中で、私と同じように「日光修学旅行が正しい選択ではない」と思う保護者から質問がありました。それに対して、小出先生はこう仰っています。

「被曝に関して言えば、1泊2日では圧倒的に少ない。問題は日光へ行く価値があるかどうか。出来る限り被曝はしないほうがいい、喜んで放射線管理区の中へ子どもを連れて行くことはやってはいけないこと。知っておく価値がある場所なら子どもを連れて行くという選択肢はあり得ると思う。ただし、日光がその場所に該当するかということは、それぞれの判断によるもので、私自身は子どもを連れて行く価値はないと思うので、あえてこの時期に日光修学旅行という選択は、私であればしません。」

しかし同時に、こうも仰っています。

「日光に行くことに価値があると思われるのであれば、放射線管理区の中に子どもを連れて行くという選択は完璧にないとは思いません。」

そこで、先生方にお尋ねしたいと思います。先生方は子どもたちに、厚木市に居住している以上の被爆をさせても日光に行く価値があるとお考えですか? 私は、日光が素晴らしい場所であることは理解しておりますが、今、この年齢の子どもたちを連れて行く価値はないと考えています。

修学旅行が日光であれば、本当は子どもを行かせたくありません。なので、どうか私が子どもを日光へ行かせることに納得ができるように、その日光の価値を教えてください。今、12歳の子どもたちが少々の被爆を我慢してでも見るべき・体験するべき価値を教えてください。

どうか、「お母さんがそんなでは、お子さんが可哀想ですよ」以外の理由で、私と私の家族を納得させてください。

日光市の線量が厚木市より高いのは事実で風評ではありません。しかし、小出先生が仰っているように、1泊2日では我慢できない被爆量ではないとも考えます。これが安全なのか危険なのか、専門家でも意見が分かれるところですから、素人が議論をしても無駄です。

しかし、線量の「数字」が高いことは事実です。また、今現在、世界で最も危険な原発である福島第一原発から日光東照宮の距離は直線で147km、三田小学校までの距離は直線で263kmです。世界で最も危険な原発へ、より近い場所へ子どもたちを連れて行くことが、大人としての正しい判断だとは思えないのです。

教育委員会は「行き先を決めるのは校長」の一点張りですが、教育委員会のWebサイトに「保護者からの質問に対するマニュアル」とも取れる文章を掲載しています。これは2013年9月に、厚木市の市議会議員の記事がタウンニュースに掲載されたことを受けての対応だと思われます。この資料を読めば情けなくて涙が出そうな「回答例」がずらりと並んでいます。ここまでして子どもたちを日光へ連れて行くのかと、ため息が出ます。

第二次世界大戦から69年が経とうとしている今も、「○○年目の真実」として、悲しい事実が次々と明らかになります。原発事故も同じように、様々な真実が時間の経過と共に出てきます。そのときに、大人になった子どもたちに「日光修学旅行は正しい選択だった」と胸を張ることはできないしょう。今、すでに子どもたちの中に日光を疑問視する声があることも事実です。我が子は、私がこのようですから、原発事故後の大人たちの対応を良く知っています。そのことで、同学年の子から「あなたのお母さんは神経質」と言われているのも知っています。それでも我が子は私のしていることを良く見ています。変人だと言われても神経質だと言われても、子どもを守るためには痛くも痒くもない私の目をまっすぐに見ています。

昨年の秋、電車の中で塾帰りの子どもたちの会話を聞きました。修学旅行の行き先について、日光へ行く予定の子が、愛知・岐阜方面へ行く子を羨ましがっていました。彼は言っていました。「日光は絶対にやばいと思う。先生も親も何も言わないけど、俺はやばいと思う。」

原発事故後、私立の小学校は、保護者からの要望が出る前に、修学旅行の行き先については日光から別の場所へと変更しました。そして、変更したことに対して、保護者から批判の声は上がっていません。

三田小学校にて、昨年、修学旅行実施後にとったアンケートの結果を、ある方から見せていただきました。そこには「修学旅行先が日光方面で適当である=91%」と高い数値を見ました。

しかし、これがもし別の場所だったら、果たしてこの数値は変わっていたでしょうか? 日光でなかったら低かったと思いますか?

決してそんなことはないでしょう。愛知・岐阜方面へ行った小学校に子どもたちを通わせているお母さんたちから話を伺ったところ、子どもたちも保護者も大満足の修学旅行です。三田小学校ではキッザニアが江戸村の代わりとして楽しめる場所となったようですが、愛知・岐阜方面へ行った子たちのリトルワールドは、グローバル社会を意識した小学校高学年の子たちには大変ふさわしい場所だとも思いました。

日光へ行った子たち、愛知・岐阜方面へ行った子たち、大人になったときに、それぞれどのように過去を振り返るでしょうか。日光を選んだ学校の子たちは、自分たちが大人たちに目いっぱいの愛情をかけられ、精一杯に守られていたことを実感できるでしょうか。

教育委員会を傍聴して思うことは、教育委員会と言う場所は、残念ながら国や県を向いています。顔をそちらへ向けて、子どもたちの話には相槌を打っているように思えます。また、先にも述べましたとおり、市議会の環境教育常任委員会で「修学旅行の行き先を求める陳情」について議論されましたが、そこでの議論は世界中の笑いものになるほどふざけた議論でした。私はネット中継を録音したものを全文打ち出してインターネット上に掲載しています。とてもとても恥ずかしい議論です。

周りの大人たちがこのような状況であったことを、すぐに大人になる子どもたちが知るのは時間の問題です。それなら、せめて学校の現場は、子どもたちに顔を向け愛情を注ぎ、教育委員会には耳を傾ければ良いではないですか。

皆さまもご存知、大川小学校の悲劇、事実は時間と共に明るみになっています。校庭に避難するだけではダメなのでは?山へ逃げたほうが良いのでは? その子どもたちの声を、大人が消してしまいました。そして、多くの尊い命が犠牲になりました。

韓国の旅客船事故もそうです。船に留まってください、船は安全です、この言葉を信じた若者たちは死を覚悟し、携帯に家族への感謝の言葉を残して命を落としました。大人が子どもたちを守れなかった大変悲しい事故です。

先にも述べましたように、1泊2日、日光に滞在することでの被爆量は少ないでしょう。しかし、子どもたちに「大人があなた方を守りました」と胸を張ることができるでしょうか? 胸を張れないのであれば、それは「悪いと知りながら正そうとしていないから」ではないでしょうか。

先生方、大人として正しい判断をしませんか?

日光市に住んでいる人も居る、風評被害だと言う方もいらっしゃることでしょう。しかし、日光市で子育てをしている保護者は「修学旅行生は日光に来ないでください。皆さんが来ることで、日光は安全だとみなされ、日光市の子どもたちは守られない。」と声を上げています。実際に、日光市長は原発事故からほどなくして、調査もせずに「安全宣言」を出しました。この年の日光市議会の議事録には、以下のような発言があります。

(日光市長)「子供たちが例えば今の基準の中で全部室内にいて、外へ出るときはマスクして通学しているといったら、修学旅行生は一切来ません。それは間違いないのです。今回の安全宣言の話も出ましたけれども、これはあくまで国の基準(この当時、1時間当たり1.00μSv)を元に日光は安全ですよというものをやらせていただいたわけです。」

(教育長)「例えば当市を訪れる各地域の学校関係者は、当市の子供たちが元気に活動してる姿を学校のホームページなどで確認し、当市に安心してきていただいている状況であります。」

日光市の子どもたちはすぐに大人になり、この事実を知るでしょう。

汚染重点調査地域に住んでいる人は、生活があるから我慢して住んでいるのです。そこへ行きたくないと言う気持ちを非難されるのは間違っています。インフルエンザにかかった子が居るお宅へ遊びに行かないことが失礼だとは、誰も言わないのです。

私が原発がどんなものなのか知り、世界で何が起こっていて、チェルノブイリの事故がどんなものだったのか、勉強を始めたのは2006年です。福島第一原発の事故の前からなのです。原発事故の恐ろしさに怯えながら、まさか自分の国で原発事故が起こるとは思っていませんでした。とても恐ろしいことが起こったのに、事故の前と後では、日本において、すべてが変わってしまいました。原発事故後、私は海外メディアから情報を得ました。数字に慣れ、感覚が麻痺してくる中、私は事故前の感覚を保っています。同じく原発事故後の子どもたちに対する対応を疑問に思っている人たちと情報交換してきました。大人として正しいことをしたい一心で。

残念なことに、私の初動は間違っていたのです。我が子には原発事故後、マスクをさせました。習い事も休んで、学校以外は家から出ないように心がけました。食事も選んで気をつけました。それでも、2011年の秋に自費で行った内部被爆の検査では、数字として出て来ました。初動が間違っていたことを、私は大変申し訳なく思っています。

だから、もうこれ以上、間違った選択はしたくありません。親として、大人として、きちんと子どもたちを守ったという事実を種として子どもの胸に残したい、すぐに大人になる子の胸でその種は育ち、子が親になったときには花として咲くように、最善を尽くしたいのです。

大人として、子どもたちの胸に愛情の種を残しませんか? 

子どもたちはすぐに大人になります。すぐにこの悲惨な原発事故の真実を知ります。大人たちがしたことへの判断が始まります。

修学旅行で日光を訪れることに反対します。世界で一番危険な原発から、より離れた場所を選んでください。世界遺産である日光東照宮は、平成の大改修の最中、メインである陽明門は平成31年まで見ることができません。子どもたちが最も楽しめるであろう江戸村は線量が高くて行けません。その代わりとされているキッザニアは高学年には不向きです。これだけ「悪い条件」がそろっているのです。

「汚染重点調査地域なので日光から変更します」と言わなくても良いのです。既に西のほうへ場所を変更した学校と同じように「趣向を変えてみる」「新しい取り組みをしてみる」、それで変更には十分な理由となります。「東照宮は工事中、江戸村には行けない、それなら別の場所にする」・・・誰もが納得する理由です。別の場所で修学旅行を行ったとしても、事後にアンケートをとれば「満足だった」と言う回答が大半を占めるでしょう。

行き先の変更は、教育旅行を取り扱っている業者によれば、1ヶ月もあれば変更が可能であると、他市の議員が確認しています。近隣自治体で、おそらく一番最初に日光市の状態を視察した議員に会い、直接話を伺いました。秋までまだまだ時間があります。十分に変更は可能です。

オスカー・シンドラーは、第二次世界大戦中、自身で経営していた工場でユダヤ人1200人を働かせ、虐殺から救いました。救われた者の中には子どももいました。子どもを働かせる理由として、「この小さな手でなければできない細かい作業がある」として守りました。

杉原千畝は、同じく第二次世界大戦中にリトアニアに赴任、外務省からの訓令に反して、ユダヤ系の避難民に大量のビザを発行し、6000人の命を救いました。「命のビザ」と呼ばれていることは有名な話です。

原発事故後、様々な物事が混乱しています。子どもたちは平凡な毎日を元気良く過ごしているけれど、どこかで混乱を感じています。この混乱の中、オスカー・シンドラーに、杉原千畝になりませんか? 子どもたちに撒いた種が花になるときに、きっとその愛情が届くはずです。

どうか、行き先を変更してください。お願いいたします。

そして、これを読んでくださってもなお、私の考えていることは正しくなく、子どもたちに少々の被爆を我慢させてでも日光へ連れて行く価値があると判断されるときには、ぜひ、その根拠をお聞かせください。いつでも時間を作り、お話を伺いに参ります。

ご連絡、お待ちしております。

2014年5月7日
プロフィール

ayukuma

Author:ayukuma
変人です。

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