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修学旅行までの道のり No.8 無視かいな

今日は新しい校長先生からお話があったそうです。

キミたちは最高学年だから、しっかりね!

の後に、「そして、今年は修学旅行です。日光の素晴らしい文化に触れてください。」

と言ったそうです。

わが子の手紙は無視ですか。行き先を変更して欲しい、心をこめて書いたはずです、内容は知らないけれど。完全無視ですか。

日光修学旅行へ動き出しました。私は「なぜ今、日光なのか。リスクを抱えてでも行く価値について。」、このあたりを説明していただきたいと思っています。

「お子さんが可哀想ですよ」以外の理由で、きちんと子に、私に説明してください。その説明を得られた時には、すべての言葉を文字にして、ここに書き記します。
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修学旅行までの道のり No.7

さて、新年度スタート。いよいよ修学旅行該当学年です。

予てよりワタクシが行き先変更を願っていることを良く知っている学校が、我が子をどのクラスにして、誰を担任にするのか楽しみにしていましたが、先ほど子から報告を受けて「そう来たか!」と言うのが正直な感想。モンペアあゆくま対策に万全を期してきた?!?!?!

ワタクシの予感では・・・荒れそうです。この予感が外れると良いのですが、けっこう当たるんですヨ。

子に迷惑がかからない程度に荒れようと思いますので、学校も担任の先生も、あゆくまと仲良くしてくださいね☆

まずは担任へのご挨拶からですね。給食ではなくお弁当であること、そして修学旅行の行き先については、未だに変更を願っていることはお伝えしなくちゃです。
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修学旅行までの道のり No.6 あれれ???

今日は授業参観+懇談会でした。

年上の子のお母さん方に伺った話では、この懇談会のときに修学旅行の話があるとのことでしたので、校長先生の登場を心待ちにしていたのですが、何もなく終了しました。修学旅行の「し」の字も出てきませんでした。

いろいろと準備をして行ったのです。日光市が安全宣言を出した日にち、市議会で日光市長や教育長が子どもたちを守ることを優先しなかった発言をしていた議事録のチェック、私が傍聴した市議会や教育委員会定例会でのやり取り、国の汚染重点調査地域に指定された日、除染の進捗状況、そして、福島第一発電所からの距離を、子の通う小学校まで・日光東照宮まで、どちらも頭に入れて行きました。

それなのに、校長先生はやってきませんでした。

この雪でいろいろと対応に追われていたのか、相次ぐ学級閉鎖で対応に追われていたのか、他に理由があるのか、事情は分かりませんが、とにかく今日、お話できなくて残念でした。

また進展があればココで報告します。今日の更新を楽しみにしていらっしゃった方々には、進展をご報告できずにごめんなさいでした。
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修学旅行までの道のり No.5 少しでも関連があれば

年が明け、修学旅行の話が煮詰まっているようで、学校のお便りには、ちらほらと「関係がありそうな話」が掲載されていました。

1つは、チェルノブイリ原発事故の後、現地に入った鎌田實さんが行っていた活動の中から、「厳冬の2月に、パイナップルを食べたいという子供(患者)のために、日本人看護師さんが街中の店を訪ね歩いた。その噂を聞いた人が、病院にパイナップルの缶詰を届け、少年は念願のパイナップルを口にすることができた。その後、奇跡的に食欲が戻り闘病が続いたが、3年後に亡くなってしまった。」と言う話。小学校の子どもたちに「最善の思いやりとは何か?」と考えて欲しいとのことです。

最善の思いやりは「今できる最善を、相手のために尽くすこと」ですよ。さぁ、最善策「修学旅行の行き先変更」をどうぞご検討ください。

第2回の学校評議会も開催されたようです。この報告の中に、さりげなく「運動会や修学旅行など、2学期の教育活動を中心に、さまざまな意見をいただきました」とありました。有意義な話し合いの場となったでしょうか? 「無事に修学旅行にいけました。放射能への不安を持つ親も子供も、まして行かないという児童は居ませんでした。めでたしめでたし。」で終わってはいませんか?

チェルノブイリの話で最も有名なものは、広河隆一さんの本に書かれている「モルヒネが欲しい」と言って死んでいった14歳の少女の話でしょう。

チェルノブイリ原発事故から10年後に14歳の誕生日を迎えようとしていた少女は、全身の痛みに悲鳴を上げていました。広河氏が「誕生日に欲しいものは?」と尋ねたら、その子は「モルヒネ」と答えたのですよ。でも彼女にモルヒネは与えられなかった、薬は病気を治すためのもので、治る可能性の無い子に与える薬はないと医者は言ったのだとか。この少女は痛みに苦しみながら、その2ヵ月後に亡くなりました。

教育関係者の皆さま、原発事故を軽視しすぎていませんか?

また何かあれば、どんなに些細なことでもココに書きます。我が子は将来、ノンフィクションの本を書くそうです。原発事故の後、周囲の大人たちは自分たちに何をしてくれたか、細かく書き記すそうです。周囲の大人たちの記述はイニシャルにするそうです。私はそのときの材料を、今、こうしてせっせと溜めています。

タイトルは決まっているそうですよ。

『私の母は本当に変人だったのか?』

こんなに変な母でした。放射性物質を過剰に気にして、あれをするな、あれを食べるな、本当に困った母で自分は苦労しました、と言う「毒親の本」になるのか、

それとも・・・?????

いつか将来、本屋さんに並んでいたら、是非買ってくださいね。

学校の先生たちも、買ってくださいね。
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修学旅行までの道のり No.4

子が、修学旅行とスキー教室の積立金の案内をもらってきました。

スキー教室は山梨県だそうです。楽しんで欲しいと思っています。

修学旅行は「行き先は未定」と言い続けている様子ですが、先生方が時々「日光」と決まったかのような発言をして、つまり、うっかり口をすべらせて、子の視線を感じて慌てて否定したりしているようです。

積み立て? 行き先も決まっていないのに?

・・・と言うわけで、積み立て拒否です。

行き先が未定だというのなら、反対している保護者が居ることは100も200300も承知なのだから、少しくらい意見を聞いてみようと思って当然だけど、きっと「決まりました、日光です」と言う保護者説明会があるだけなのでしょうね。

保護者説明会ではバンバン質問しますので、宜しくお願いします☆

変な保護者だと思われても、仮に迷惑だと思う人が居たとしても、「みんな違ってみんないい」、私は私の知りたいことを大勢の前で先生方に尋ねます。

周りからどんな風に思われても、痛くも痒くもないし。

思いたければ思えばいいし。

私は私だし。

し。
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修学旅行までの道のり No.3

個人面談が終わりました。学校での様子をお聞きして、家庭での様子をお伝えして、穏やかに終了しそうだったので、「修学旅行ですが」と切り出してみました。

先生は「行き先はまだ決まっていないんです」と言いました。

私は「決まっていると思いますけれどね」と答えました。

続いて先生は「お子さんは、とても行きたがっていますよ」と言いました。

私は「知っていますよ、親ですから」と答えました。

そして「日光は反対です。場所を変更してくださいと、私は出来る限りの抵抗はして行きます」と申し上げて、先生に厚木市教育委員会が名切議員の記事(タウンニュース)に対抗して作った意味不明な資料を印刷したものを「どうぞ、話のネタに。これを読んだら益々ここまでしてなぜ日光なのか、おかしくて笑えますから、ぜひ」と熱烈オススメしつつ、お渡ししました。

また報告します。
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修学旅行までの道のり No.2

子が校長先生へお手紙を書いたそうです。

行き先を変更してくださいと書いたと思います。私はその手紙を読んでいないので、何をどう書いたのかは知りません。私が強制したわけでもありません。

数日後、お返事をいただきました。修学旅行の行き先は、これから色んな人と話をして決めます、とだけ書いてありました。

色んな人って誰ですかね? 教職員や学校評議員、それから「仲良し」のPTA役員さんかな? 

その中に、「該当学年の保護者」が入っていることを望みます。

「私」が入っていることを望みます。

またお知らせします。
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修学旅行までの道のり No.1

子の小学校にて、6年生が日光修学旅行から帰ってきました。そして、今の6年生が修学旅行へ出発する前から、子の小学校では「次年度も日光」と決定していることが分かりました。学校へ尋ねれば「行き先は未定」と答えるでしょう。でも、先日の修学旅行には、次年度のために5学年の教員が一緒に行っていました。これはつまり「決定」ですね? 

専門家でもなく、社会的地位が高いわけでもなく、ごく普通の主婦である私がいくら行き先に反対しようと何も変わらないでしょう。「変わった母親だ」と思われているにすぎません。すでに2年前に、該当学年でも何でもないのに、校長に行き先変更のお願いをしましたので、「次年度に、反対している保護者が居る」と言うことは、学校側は百も承知ですが、それでも別の場所を考えている様子はなく「日光ありき」で話を進め、同時に「行かない子が1人くらい居てもいい」と考えていることは確実です。

いくら校長会や教育委員会が視察へ行こうと、やはり私は日光に行かせることには反対です。危険とか安全とか、もうその議論は通用しないことを知っていますが、文部科学省が調べたデータでも、視察へ行った人たちが持って帰ってきたデータを見ても、ここ厚木市よりはずっと空間線量が高く、日光江戸村など、市が定めた基準ですら立ち入れないところがあるのも事実、そして、国が「汚染状況重点調査地域」にしたのも事実、輪王寺(修学旅行生がここへ行くのか分かりませんが)の香炉で炊かれているお線香から1786bq/kgを検出しているのも事実(計測した方はこちらhttp://ameblo.jp/c-dai/entry-11638411552.html)、これらの事実をもって、それでもなお「日光」に決定してしまうことは、子どもへの愛情を微塵も感じないからです。

厚木市教育委員会は、保護者の不安払拭のために、このような資料を公開しています。
http://swa.edu.city.atsugi.kanagawa.jp/weblog/data/901/1/w/88614.pdf
http://swa.edu.city.atsugi.kanagawa.jp/weblog/data/901/1/w/88615.pdf

私にとってこの資料は「ここまでして、なぜ日光でなくてはならないのか?」と言う疑問をますます大きくするだけのものです。

京大の小出先生は、日光修学旅行について座間市の麦っ子畑保育園で行った講演の中で、このように答えています。

「被曝に関して言えば、1泊2日では圧倒的に少ない。問題は日光へ行く価値があるかどうか。出来る限り被曝はしないほうがいい、喜んで放射線管理区の中へ子どもを連れて行くことはやってはいけないこと。知っておく価値がある場所なら子どもを連れて行くという選択肢はあり得ると思う。ただし、日光がその場所に該当するかということは、それぞれの判断によるもので、私自身は子どもを連れて行く価値はないと思うので、あえてこの時期に日光修学旅行という選択は、私であればしません。」

しかし同時に、こうも仰っています。

「日光に行くことに価値があると思われるのであれば、放射線管理区の中に子どもを連れて行くという選択は完璧にないとは思いません。」

私自身は、小出先生と同じ考えで、「今この時期に、この年齢の子が行く価値はない」と思っています。しかし、学校側は「価値がある」と考えているはずです。(ですよね?)

そろそろ修学旅行のための積み立て金の集金が始まります。私は「日光にその価値がある」と納得してからお支払いしたいので、先生方とお話する機会をなるべく多く持ちたいと考えています。学校側には、「お子さんが可哀想ですよ」以外の理由で、「これは本当に子どもたちのことを考えて、愛情を持って日光に決定たのだ」と理由を提示してもらいたいと願っています。

これから1年間、私の価値観がどのように変わっていくのか、あるいは学校側が私の主張をどのように否定し、どのように切り捨てていくのか、レポートとして書いて行きたいと思います。また、周囲の保護者やPTAから耳に入る声を、そのままここへ書いて行きます。近い将来大人になる「今は子ども」が、自分たちの過去を振返って、一体学校で大人たちが何を考え、何を決定してきたのか知りたいと願ったときに大いに参考になるように、「修学旅行までの道のり」として書き残したいと思っています。自分たちは本当に愛されていたのか、当時の大人たちの判断は自分にとって正しいものであったかどうか、知ってもらうための材料として。

まずは、修学旅行へ一緒に行ってきた先生から報告を受けた子の話を。

修学旅行がいかに楽しいものだったか、素晴らしいものだったか、教えてもらったそうです。子の小学校は、初日をキッザニアで過ごし、そこから日光へ移動し宿泊します。キッザニアがメインの場所だと言っても良いかもしれません。先生は江戸村からキッザニアに変更した理由を「江戸村は、イロイロと面倒くさい」と説明したそうです。「放射線量が高くて行けません」と言う事実は、子どもたちには話してくれませんでした。

また、何か学校での動きがあれば、逐一、ここへ書いて行こうと思います。万が一、学校側から「ブログに書くのをやめてください」と言われるようなことがあれば、そう言われたことも報告します。学校側は、書かれても困らない誠実な態度で、子どもたちや保護者に接してください、お願いします。

これにて、No.1のレポートとさせていただきます。
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ayukuma

Author:ayukuma
変人です。

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